2012年05月11日

的と矢 その3

とりあえず言われたとおりにやるしかないんだ。

中身を感じます。

よくわからないけど中身です。



そしてその感じたものの感覚を離さないように
ピンクリボンさんの中心を感じるようにしました。

やっぱりよくわからないけど中心です。


するとしばらくしてピンクリボンさんの体が
スルスルッと動き、「ああっそれ!!」と。

そして自分の手が勝手に寄っていたような感覚があり、

拇指が背骨右の狙いたかった硬結にトンと当たりました。

狙わずして狙っていた的に矢が当たった感じです。


そういえば、この間紹介した「たたずまいの美学」と言う本の中で、

オイゲン=ヘリゲルというドイツ人の哲学者が、
弓道の達人に弟子入りし、

「的は狙わずに矢を放つ」ということを教えられ、
混乱した話が紹介されていました。

それでそのオイゲン=ヘリゲル氏の本を読んでみたのです。

「弓と禅」という本と、「日本の弓術」という本です。

達人に「的を狙うんじゃない」と言われたヘリゲルは、
自分が松崎先生にしたと同じような質問をしていました^^;。

どうして狙わずに的に矢があたるのか、と。

すると達人は、体の力を抜いてその時がくると、
矢は放たれ、的に当たるのだ、というような説明をします。

矢を放つ時は自分で決めるのではないのか、

その時とはなんなのか。


それを証明するために達人は、

夜真っ暗な弓道場で、的の前に線香の煙だけを炊き、
矢を放ってみせるのです。

そしてもう一矢。

矢がどうなっているかみてみると、

矢は的のど真ん中に的中し、
二番目の矢は、最初の矢を二つに引き裂くようにして
やはり真ん中に的中していたそうです。

このことを体感するためにヘリゲルは、あれやこれや試行錯誤しながら
煮詰まりながら、そして達人から「練習あるのみ「と言われ、

的にあてるという結果を追い求めるために
見当違いな技術を身に着けて達人に見放されそうになりながらも、

何年もただ力を抜いて矢が放つ瞬間を待つ、
とうことだけを練習し、
それを体感できるようになったそうです。

いやはや、昨日の練習のときほど
このヘリゲルのイライラな気持ちと、
A−ha!な気持ちが自分のこととしてわかった日はありません。

中身を感じて。練習あるのみ。

やるしかありません。


的と矢・おわり
   
posted by bigsheep at 06:00| 講座生のつぶやき(学び編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする