2010年03月10日

気する者来たれり その1 〜開業、そして学び 井本整体に入門して〜

こんにちは。井本整体を学びつつ、開業をしている、ひろたんたんです。
私は縁あって、整体と出会ったのは、意外と早い時期のことでした。

ただ、井本整体を学び始めるには時間がかかりました。

両親は整体の勉強を積み、それを仕事にしていました。
私は親の勧めで鍼灸・マッサージの学校に行きました。


卒業の翌年、予期せず開業をすることになりました。

開業計画はまったくなく、親に
「いつまで歳を取った親のすねをかじる気なの?」と言われたのがきっかけでした。

突然、温室(念のため・・・我が家は昔も今も貧乏です)から
路上へ放り出されたような感覚でしたが、
「わかりました」と言って開業しました。

しかし、開業するといっても資金も貯えもなかったので、
借金をして開業しました。

もちろんうまくいく保障などありませんでした。

とりあえず「石の上にも3年」の言葉にあるように、
この道で3年は続けてみて、うまくいけばそれで良し、
だめでも違う職業の選択もありだし・・・と思ってはじめました。

全て自己責任。

なんとなく独り立ちも嬉しく、不安を心配するよりも、
うまく行くか行かないかは、心の持ち方とやり方次第、
と考えられたのがよかったのかもしれません。

当時は近所に治療院も少なく、
私のように若い者が開業しているのが珍しかったようです。

開業して3ヶ月間は、開店休業状態でした。

宣伝は口コミのみ。

でもしばらくすると、だんだん仕事らしくなってきました。


金銭的には、お粥をすすることも覚悟していたのですが、
不思議と困ることはありませんでした。

その頃の操法は整体だけでなく、時に鍼治療も並行して行いました。

鍼を好まない方もいらっしゃいましたが、
痛みを軽減するのに、鍼は手っ取り早く効果的だと思っていたからです。

それに、きちんと体を変えるだけの技量を持ち合わせていないことも
よく自分自身でわかっていました。

ただ、両親の仕事を見ていたので、納得できないときの対処方法は
なんとなく心得ていました。


当時は、整体の型をあまり気にすることなく仕事をしていたので、
忙しくなればなるほど、大切な型がどんどん崩れていったようです。

二年を過ぎた頃から、体に不調を覚え始めました。

知人に頼まれると、夜の遅い時間にも仕事を受ける事もありました。

今になって思えば、自分の体のことを振り返ることもなく、
また整体の勉強をするわけでもなかったので、
どんどん自己流になっていったのだと思います。

忙しくなるとともに、自分のライフサイクルも変わり、
その中でがむしゃらに働いていたのですが、
気がついたときには、自分の体が整体とは程遠い体になってしまっていました。

朝はなんとか動けても、午後にはきつくて寝込むようになってしまっていました。

このままではいけない!
自分が整体の体でないと整体が出来ない!
整体どころか、普通の生活さえ・・・。

ああ、本物の整体を学べるところへ行きたい・・・
と思いながらも、仕事はしないといけないし・・・家族もいる・・・
学ぶ場も遠いし・・・金銭面も不安・・・

そう思っているうちに両親は亡くなってしまい、
身近で私を守ってくれる者がいなくなってしまいました。

葛藤は10年以上続きました。

整体協会の知人の先生のところにも行ってみましたが、
あまりしっくりきませんでsた。
井本良夫先生の操法とも違いますし、両親の操法とも違います。
とても教えを請える環境ではありません。

そんな中、ふと井本先生を思い出しました。

そうだ!まず井本先生のところに行ってみよう!

なんで早く気づかなかったのだろう。

徳山の井本邦昭先生の道場に通い始めました。

最初に、「この体は思ったよりいいじゃないですか」とおっしゃられ、
安堵したのを覚えています
posted by bigsheep at 08:04| 講座生のつぶやき(開業編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする